雑誌を再生する

うちに『朝日ソノラマ』という雑誌が何冊かある。僕がこの雑誌について具体的に知ったのは5年くらい前だったと思う。レコードプレイヤーで再生できる雑誌が昔あったという話を聞いた。どういうこと?と思った僕は中古レコード屋をまわって手に入れたのだった(下の写真は、その時に何冊かまとめて購入したものだ)。

       

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真ん中に写っているのが創刊号。

朝日ソノラマ』は確かに雑誌だが、一般的な雑誌とは違った仕掛けが組み込まれている。

雑誌を開くと、紙のページの間に、ところどころソノシートという薄いレコードが綴じられたページがある。雑誌の中心には全ページを貫通する穴が空けてあって、ターンテーブルスピンドル(軸)に通すことが出来るので、ソノシートのページを開いてレコードプレーヤーに載せれば再生することができる。いわば印刷メディアと録音メディアが合体している。

       

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これは第7号。山本富士子が京都を語る「わたしの京都」。バックで使われている音は京都で現地録音したらしい。右が紙のページ、左の白いのがレコードページ。

 

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第6号に掲載された美容体操のコーナー。

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レコードシートのページを開き、雑誌ごとターンテーブルにセットして再生する。

今でも音が出る絵本などはあるが、プレイヤーに冊子ごとセットするというのはユニークだ。こうした、ちょっと違う使い方をするものというのは、当たり前を相対化してくれるので面白い。

ちなみに、渡辺裕著『サウンドとメディアの文化資源学』という本で朝日ソノラマ含むフォノシートについて論じられていておもしろかった。

 

安楽庵策伝『醒睡笑』の笑いと落語の笑い

落語の祖とも言われる僧侶・安楽庵策伝がまとめた『醒睡笑』を初めて読んだとき、これは普段寄席や録音で聴いて面白いなと思っている落語と、似ているけれども何かが少し違うとも感じた。

確かに「平林」の原話など、現代でも楽しまれる落語の原初的な姿がある。その意味では、現代の落語に通じる面白さがある。

ところが『醒睡笑』で笑われるのは身分の低い者、間の抜けた者である。僕がこの本を読んで、落語とは何かが違うと感じた点はここだ。『醒睡笑』は、安楽庵策伝が、京都所司代・板倉重宗に献上した本である。いわば特権的な地位にいた人物を笑わせるために作られている。上の者が下の者を笑うという構図になるのも不思議ではない。

もちろん現代の落語でも間の抜けた者、身分の低い者が登場し、滑稽な振る舞いをするが、むしろ落語の場合、そうした者たちの振る舞いが、秩序に亀裂を入れてしまうような瞬間が楽しい。

秩序から外れていることの愚かさを笑うのか、それとも秩序にちょっと亀裂を入れる快感を楽しむのか。『醒睡笑』の笑いは前者の性格を持っている。他方、落語は後者の性格が強いだろう。似たような内容の話でも、どこに向けて話されるのか、どんな場で話されるのかによって全く異なる性格を持つものなのだな、と思う。

 

ジル・ドゥルーズ「追伸―管理社会について」

1990年に発表された有名な論文。河出文庫『記号と事件』所収。久々に読み返してみた。

この文章は、フーコーの生権力論を引き継いで書かれたもので、3つのパートに分かれている。

【1 沿革】

最初のパートでドゥルーズは、新しい権力の形が台頭しつつあることを指摘する。フーコーが提示した規律社会は、18世紀に誕生した。その社会で規律訓練の対象となる個人は、ある監禁環境から、また別の監禁環境へと、それぞれ独自の論理を持つ閉鎖的な監禁環境を移行するという特徴がある。例えば学校→工場といった具合だ。

しかし、規律社会は20世紀にピークを迎えた短命な権力形式であり、現代ではそれに代わる新しい権力が台頭している。この新たな権力というのが、管理(control)型の権力である。

ところで河出文庫版では、ここで誤訳と思われる箇所がある。

しかし規律もやがて危機をむかえ、その結果、新たな諸力がゆっくり時間をかけて整えられていく。しかし、新たな諸力もまた、第二次大戦後に壊滅の時代をむかえる(p.357)

これだと、20世紀末に書かれたこの論文がまさに問題としている「新たな諸力」というものが、20世紀半ばにすでに壊滅していたことになってしまう。おかしいぞと思って手元にあったドゥルーズによる英訳を見た。するとこの箇所では、新たな諸力が第二次大戦後に急速に発達した、という意味のことを言っていた。以下のようになるんじゃないかと思う。

しかし今度は、ゆっくり時間をかけて整えられ第二次大戦後に加速した新たな諸力のために、規律が危機をむかえた(英語版、October vol.59, p.3参照)


【2 論理】

では管理社会とはどんなロジックで動いているのか、ということで論理のパート。ここでは、規律社会はこういう特徴がある、他方管理社会はこういう特徴がある、といったように2つを対比させる形で語っている。

既に触れたように、規律社会では、規律訓練の対象となる個人がそれぞれ異なる法則を持つ監禁環境を移動していく特徴があるが、ドゥルーズはそれを「鋳型」、「見せかけの放免」などと説明する。

他方、管理社会は「転調」、「果てしない引き伸ばし」だという。

規律社会から管理社会への移行は、工場が企業にとってかわることであり、分割不能な個人の身体が分割可能なデータとなること、全てがデータとして管理されるようになることである。

言いかえれば、規律社会では、個々の属性に応じて、各監禁空間へと人々を囲い込み、規範を内面化させ、従順な身体になるように訓練を施していた。しかし管理社会では、そのような空間を必要とせず、全てをデータに置き換え、コードによって個々人を直接制御するような社会になるのだ。


【3 プログラム】

最後のパートでは、1990年時点での管理社会のイメージを書いている。例えば、エレクトロニクスのカードを持っていれば、その場所に自由に出入り出来るというシステムがあるとする。しかし、同じカードを持っていても、ある時間帯には通れないといったことが起こる。別に警備員に殴られるわけでもなく、また規範の内面化とも関係ない。あらゆる場所で、あらゆるものをデータとして処理し、そのデータを基に行動を制御していくという仕方が管理社会の在り方だということだ。

 

感想。新しい古典のような感じで、そうだよなあと思いながら読める。90年には朧げだっただろう管理社会のイメージも、今なら経験的に理解できる。

社会管理の道具であるマーケティングに対抗する武器を手に入れること。マーケティングが捉えられないような、何者なのかよくわからない人になることなのだろうか。あるいは、それもまた補足されるのか。

ところで、ドゥルーズの書き方だと規律→管理へと権力形式が移行したように読める。しかし規律は、古典的な権力形式だとしても、依然として残り続けている。規律と管理(制御)は共存している、と捉えるべきだろう。

 

記号と事件―1972‐1990年の対話 (河出文庫)

記号と事件―1972‐1990年の対話 (河出文庫)

 

 

 

京都「大仏」観光(前編)

 

北八(喜多八)「ヲヤヲヤごうせへなお寺だ。アレ山門のうえから佛さまがのぞひている」

弥次「ハハアこれが、かの大佛だはへ。なるほどはなしにきいたよりは、ごうてきなものだ」

 

十返舎一九の大ベストセラー『東海道中膝栗毛』六編上のラストシーン、主人公の弥次さん喜多さんは、女性にみとれながら歩いている途中で、大仏を発見します。

そして続く六篇下はその大仏の話から始まります。弥次喜多は、この大仏の手のひらには畳が八畳しける、鼻の穴からは人が傘をさして出られるだの言って、その大きさに感心します。

 

弥次「ヲヤお背中に窓があいてゐらア」

北八「あれは大かた汐をふくところだろう」

弥次「ナニ鯨じやアあるめへし」

 

ここで弥次喜多が見た巨大な大仏は、奈良の大仏ではなく京都の大仏です。

今はもうありませんが、かつて京都の方広寺には、秀吉が作らせた巨大な大仏がありました。

大仏殿は高さ約49メートル、南北約88メートル、東西約54メートルという壮大なものであり、また境内は、現在の方広寺境内のみならず、豊国神社、京都国立博物館妙法院智積院そして三十三間堂をも含む広大なものであった。大仏殿は、現在、豊国神社が建つ位置にあった。(京の大仏 - Wikipedia

 

有名な京のわらべ歌に、「京の 京の 大仏っぁんは 天火で焼けてな 三十三間堂が 焼け残った…」と歌われているように、大仏は焼失してしまいました。

ですので今ではその姿を見ることはできませんが、「大仏の痕跡」を辿ることはできるようです。そしてそのための良い本があります。

『京都の凸凹を歩く』(梅林秀行著)という本で、京都の凸凹地形に注目して歴史の痕跡を辿っています。

「大仏」はpp.54-69でとりあげられています。「大仏」とは方広寺にあった大仏さんのことです。さらには、その方広寺智積院妙法院三十三間堂あたり一帯の空間を表す名称でもあったようです。

 

この本(以下『京都凸凹』)を手にして、京都の「大仏」を観光しました。

今回は四条河原町あたりから川端通り沿いを七条方面に南下していきました。しばらく歩くと正面通りという道が見えてきました。かつての大仏殿への参道です。江戸時代の絵図にも「正メン」などと書かれており、通りの名自体も歴史の痕跡だと言えます。

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【正面通りと川端通りの交差点あたり】 

 

この正面通を東行すると、途中で道幅がやけに広くなります。

ちょうど道幅が広くなったあたりに、有名な「耳塚」があります。

『京都凸凹』には、耳塚の周囲に明治時代の著名な芸能人たちの名前が刻まれた石柵が並んでいると書いてありました。耳塚自体は学校でも習っていたので、存在は知っていましたが、まだ行ったことがなく、明治期の芸人たちの名が刻まれているとは知りませんでした。

実際に見てみるとかなりの数の石柵があり、奉納した芸能者たちの名が確かに刻まれていました。中村鴈治郎川上音二郎といったそうそうたる面々です。浪曲師の桃中軒雲右衛門の名前もあると聞いていたので探してみました。それっぽいのはありましたがはっきり読めません。また、東側に車がぴったり停まっていたので全ての石柵を見ることは出来ませんでした。

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川上音二郎(真ん中)】

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【桃中軒雲右衛門らしき石柵(右)】

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【耳塚。ダークツーリズム。】

 

道幅が広がった正面通をさらに東へ進むと、豊国神社の前で大和大路通と交差し、やたらと広い空間を形作っています。『京都凸凹』で、この空間は「広場」「劇場」と紹介されているように、「豊国祭礼図屏風」(狩野内膳)に描かれた風流踊に興じる人々が踊った場所だそうです。

 では、その屏風絵もある豊国神社へ。秀吉は没後、豊国大明神として豊国社に祀られましたが徳川時代に廃絶。現在の豊国神社は、旧方広寺大仏殿があった場所に、秀吉を再び祀るため明治期に復興されたものです。

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【境内の敷石には大仏殿の床にあった石が転用されており、落雷焼失時の損傷跡の残る石が混ざっているとのこと。これかな?】 

 

社務所の前に置かれたおみくじの説明書きは萌え絵。奥に見えるのは『刀剣乱舞』か何かのフィギュアかと思われます。最近京都の寺社で刀剣乱舞を見かける機会がやけに多いです。

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【萌え絵によるおみくじの説明。誰が書いているのか。】

 

その社務所で豊国神社宝物館の入場券を買って、宝物館へ。大人300円です。

この宝物館に『豊国祭礼図屏風』があります。この屏風で描かれているのは、中世的な民衆エネルギーの最後の大爆発などと評価される豊国大明神臨時祭礼の様子*1。秀吉七回忌(1604年)に行われた熱狂的な祭です。まさに正面通を「舞台」に、熱狂的な風流踊りに興じる人々、寿老人だのタケノコ(!)だのといった不思議なコスプレをした人たちも発見。

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【狩野内膳『豊国祭礼図屏風』部分】

 

この宝物殿の近くに大仏殿基壇の跡地があります。

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【大仏殿基壇の跡地】
この盛り上がった場所です。

境内を出て豊国神社の周りを囲う石垣も見ました。大仏殿の石垣とのことで、碑もありました。

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【大佛殿石垣 天正十四年 豊臣秀吉築造】

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【大仏殿石垣。隙間にお地蔵さんがいました。】

この後、豊国廟に行ったりしましたが、とりあえず今日はここで。

後篇に続く。

 

参考にした本

梅林秀行『京都の凸凹を歩く』青幻舎

十返舎一九東海道中膝栗毛』(下)岩波文庫

中川真平安京 音の宇宙』平凡社ライブラリー

*1:中川真平安京 音の宇宙』第8章

アルバムと雑誌

古いものが増えていく。中古のレコード屋や本屋があると入りたくなってしまい、何か買ってしまう。基本的に、レコード屋ではいわゆる音楽のレコードよりも、「その他」のコーナーにある音楽ではないレコードを探す傾向にあるが、久々に音楽のレコードを買った。

SP盤のアルバム×2。。トスカニーニ指揮・ニューヨークフィルの田園交響曲。それからトスカニーニ指揮の序曲集みたいなやつ(ロッシーニヴェルディなど)。特にトスカニーニが好きというわけでも、ベートーヴェンが好きというわけでもない。そういえばうちにはSP盤の「アルバム」が無かったなと思い買った。買ったはいいが、重くて、歩いて持って帰るのにはひと苦労だった(しかも暑いし)。SP盤はそもそも重い。それが何枚もあってしかもアルバムケース入りならそれは重いわけだが、あんまり考えてなかった(可搬性の点で今のメディアってすごいわ…と改めて思ったりもする)

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当時のアルバムはまさにアルバムのような形態だった。

 

ちなみに現在SP用の針が切れており、まだ聴いていない。通販で新しい針買ったので届いたら聴いてみよう。

 

 それから最近『科學畫報』という大正時代の雑誌を買った。これはその名の通り科学雑誌の一種で、創刊は大正12年。発行は新光社という東京の出版社である(新光社は1935年に誠文堂に吸収合併され、誠文堂新光社となった)。編集者は、現在でも続く雑誌『子供の科学』(誠文堂新光社)を創刊した科学ジャーナリスト原田三夫である。

 科学史家の高田誠二氏が「科学雑誌の戦前と戦後」の中で書いているが、幅広い雑誌に寄稿していた寺田寅彦が一度も寄稿しなかった科学雑誌が、この原田三夫の関わった雑誌群であったという*1。『科學畫報』もその一つだ。

 さて、その『科學畫報』の第三巻第三號(1924年、大正13年)を買った。個別の記事も、読む人によっては面白いのだと思うが、私にとっては広告や新発明品紹介のコーナーが面白かった。1920年代は濱地常康の関わった『ラヂオ』(1922)にはじまり、『無線と実験』(1924)、『ラヂオの日本』(1925)などラジオ雑誌がいくつも創刊され、また1925年にはラジオ放送(放送無線電話と呼ばれた)も開始されるなど、ラジオは舶来のホットなものだったのだろう。この雑誌でもとにかく無線の広告が多く(ほとんどと言ってもよい)、素人無線、アマチュア、という文字が目立つ。濱地の新著の広告も載っていた。

 下の写真は「無線電話の應用は疾驅する」というコピーを掲げる石川無線電話研究所の広告の一部。無線装置を取り付けた自動車の写真を使っており、「走り乍ら何處とでも通話が出来ます」と書いてある。自動車電話の先駆という感じだろうか?それに、移動しながらどことでも繋がれるという意味では後の様々なポータブルメディアの広告で繰り返し登場する文句ととれなくもない(強引か?)。

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         「無線電話の應用(応用)は疾驅(疾駆)する」

 

 他に面白かったのは「最新 珍奇づくし」というコーナー。海外の最新の(?)珍しい発明品を紹介するコーナーで、鉛筆を仕込んだ指輪や、電気モーターで自動的に卵を洗って殺菌する機械などが写真付きで載っている。その中に、「内證で聞ける蓄音機」というのがあって、何かと思って写真を見ると、お店で、イヤホンのようなものを耳にあてて男性たちがレコードを聞いている様子。聴診器のようなゴム管のついた蓄音機はすでに開発されていたはずだが、この写真の装置はどのあたりが新しいのだろうか。その点はあまり良くわからなかったものの、説明文には、蓄音機屋に行ったときに義太夫、八木節、ベートーヴェンなどがあっちこっちで鳴っていて買う気にならないが、これがあれば大丈夫という店での使い方、そして下宿屋でも隣の部屋に遠慮せずに聞けるという自宅での使い方が書いてあって興味深かった。たしかに下宿で蓄音機は…。隣の部屋の蓄音機問題とかまとめた資料とか無いだろうか?(ラジオについての荷風の感想は『断腸亭日乗』にあったが蓄音機については何か言ってたか、忘れた。)

 古い雑誌や物は、(今から見れば)変なもの、あるいは逆に、新しいと思っていた物事と似たようなを物事を見せてくれたりもするので、今後も何か書こう。

*1:ちなみに高田氏は、寺田と原田の間に接触がなかった理由として「書きぶり」「ジャーナリスト観」の違いを挙げている。

スーパーレコードゲーム

最近レコード屋に行って何枚か購入した。そのうちの一枚が↓

 

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『スーパーレコードゲーム ルネ・ヴァンダールの星占い/愛の予感』というLP盤だ。占いには特に関心はないが、「スーパーレコードゲーム」というものに少し惹かれて買った。

上の写真だと見えにくいが、帯には「スーパーレコードゲームとは…アメリカ・カナダ・イギリス・ノルウェー等で発売されるやいなや爆発的人気を呼び、遂に日本に上陸した画期的ゲームレコードです」とある。

説明書きのところには、「本来最外周に一ヶ所しかない導入部が数多くあり、それぞれの溝が内周に向かって並列して刻まれています」ともある。つまりこのレコードは盤面に複数の溝が刻まれていて、針がどの溝に落ちるかによって異なる再生結果が得られる。その偶然さを利用して占いをする。「あなたが針をおいたその瞬間 あなたの愛と未来が決まります」、と。

実際に再生してみたところ、確かに再生するごとに別の占い結果が出てきた(いくつぐらいの結果があるのかは知らない)。

私は実際に手にとって聞いてみたのは初めてだが、レコードによるゲームは占いの他にも競馬や野球などが発売されていたらしい(ウィキペディアの「レコード」の項目にも説明が書いてある)。また、この占いレコードはCBSソニーだが、他の会社からも似たようなゲームレコードは発売されていたそうだ。

このゲームレコードは、LPレコードにおいて色々な試み、色々な楽しみ方があったという一つの例か。競馬、野球、占い、いずれにせよわざわざ高級オーディオなんかでじっくり聴くというのとは違うモードだろう。

詳しそうな人にでも色々聞いてみよう。

ちなみにルネ・ヴァン・ダールというのはルネ・ヴァン・ダール・ワタナベという占い師の事だろうか。『りぼん』や『non-no』の占いコーナーを担当してきたそうな。

他にもいくつかレコードを買ったが、そちらは後ほど別の記事として書く。